子どもは段階を通って回復していく
不登校の子どもたちの様子を見ていると、
その子なりのペースで少しずつ回復していく流れがある。
僕は、子どもたちの状態を理解するときに、
ポリヴェーガル理論という神経の考え方をひとつの手がかりにしている。
この理論では、人は安心を失ったとき、
身体が「どう守るか」を段階的に切り替えていくと考える。
気持ちだけでどうにかしようとするんじゃなくて、
身体が勝手に安全を探すように動くイメージに近い。
ざっくり言うと、この順番に変化が起きる。
まず、動けなくなる時期がくる。
身体がエネルギーを節約して、とにかく休もうとする時期。
次に、感情がゆれやすくなる時期がくる。
イライラしたり泣いたり、反応が強く出る時期。
最後に、少しずつ興味や安心が戻ってくる時期がくる。
「やってみたい」が顔を出し始める頃。
僕はこの流れを、
氷モード → 危険・回避モード → 安全モード
という順番で捉えている。
どれも子どもが回復していくために必要な過程で、
どれかひとつだけ欠けている流れでもない。
ひとつずつ通りながら、身体と心が落ち着きを取り戻していく。
ここから、この三つをひとつずつ見ていきたい。
氷モード ―― まず身体が止まろうとする時期
不登校の子どもたちを見ていると、
「何もできない」「動けない」という時期がある。
でも僕は、この時期こそ回復の入口なんじゃないかと感じている。
氷モードは、怠けているわけじゃない。
やる気がないわけでもない。
身体がこれ以上動くとしんどい、と判断して、
エネルギーを最低限にして守ろうとしている状態だ。
このときの子どもの姿には、いくつかの共通する特徴がある。
食欲が落ちたり、
ずっと眠っていたり、
好きなことにも手が伸びなかったりする。
部屋から出てこられなかったり、
外に行くのを強く拒んだり、
YouTubeをただ流すだけの時間が増えたりする。
どれも「意欲がない」んじゃなくて、
身体が“これ以上は無理”と判断しているだけだと思う。
僕のところに来てくれる子でも、
この時期はほんとうに動けないことが多い。
起き上がる気力も湧かなくて、
「なんにもしたくない」「今は無理」と言う子もいる。
でも、それを無理やり動かそうとする必要はない。
むしろこの時期に大事なのは、
“動けない自分のままでも安心していていい”
という空気をそばに置いてあげることだと思っている。
焦らなくていい。
ここは回復の始まりであって、終わりじゃない。
身体がいったん止まることで、
次の段階に行くための力を少しずつためていく時間なんだと思う。
危険・回避モード ―― 感情が大きく揺れやすくなる時期
氷みたいに動けない時期を越えると、
少しずつ身体にエネルギーが戻ってくる。
でもそのエネルギーは、すぐに落ち着いた形では出てこなくて、
しばらくは「揺れ」として外に出ることが多い。
僕は、この時期の子どもの姿を
危険・回避モードとして捉えている。
この時期の子は、
刺激に対して敏感になりやすい。
気持ちが大きく動きすぎることもある。
たとえば、ゲームで負けた瞬間に泣き出したり、
悔しさが爆発して暴言が出たり、
机を叩いたり、
動きが荒くなることもある。
これだけ見ると「情緒不安定」や「反抗期」みたいに見えるけれど、
僕はそうじゃないと思っている。
身体が止まっていたところから、
急にエネルギーが戻ってきただけ。
そのエネルギーをどう扱ったらいいかわからなくて、
あふれたぶんが外に流れているだけなんだと思う。
だから、怒っているように見えても、
内側では不安が大きかったり、
焦りや戸惑いのほうが強かったりする。
この時期に大切なのは、
反応そのものを止めようとすることじゃない。
気持ちを“正そう”とすると、
子どもはもっと混乱してしまう。
僕は、
「悔しかったね」
「負けると悲しいよね」
みたいに、
その瞬間の感情に寄り添うことを大事にしている。
落ち着かせるためじゃなく、
その気持ちをそのまま受け取るために。
この時期は、
安全モードに向かう前の大事な通過点だと思う。
揺れがあるということは、
身体がもう一度前に歩き出そうとしている証だから。
安全モード ―― 興味や「やってみたい」が戻ってくる時期
危険・回避モードの揺れが少しずつ落ち着いてくると、
子どもの中にゆっくりと余裕が戻ってくる。
身体の緊張がやわらいで、
外の世界に向かう準備が整っていく時期だ。
この時期の変化は、大きなものじゃなくて、
ほんとうに小さなサインとして現れることが多い。
たとえば、
「○○やってみたい」
という言葉がふっと出てくる瞬間。
これは、意欲ややる気というより、
心の中に“手を伸ばせる余白”ができてきたというサインだと思う。
氷のように固まっていた時期や、
感情が揺れていた時期では出てこなかった声。
安心が戻ると、
子どもは自然と次の一歩を探し始める。
遊びの中でも変化が出る。
「これ、別のやり方も試してみようかな」
「こうしたら面白くなるかも」
そんな創意工夫が生まれ始める。
これは“楽しみたい”や“やってみたい”が戻ってきている時期の特徴で、
僕はこの変化を見ると、心の底からほっとする。
表情がやわらいだり、
声のトーンが自然になったり、
反応がゆっくりになったりもする。
どれも小さなサインだけれど、
子どもが自分の世界をもう一度広げようとしている証だと思う。
安全モードは、
親が何かを教えようとして生まれるものじゃなくて、
子どもの内側に安心が溜まったときに自然と立ち上がってくる。
焦らなくていい。
急がせなくていい。
子どもは安心を取り戻すと、
ちゃんと自分の力で前に進み始める。
「暇」が出てくる時期 ―― 安全に向かう途中のサイン
氷のように動けなかった時期を越えて、
危険・回避モードの揺れも少しずつ落ち着いてくると、
子どもの中に、ほんの少しだけ余白が戻ってくる。
僕は、このタイミングで
「暇」
という言葉が出てくることが多いと感じている。
「暇」というのは、怠けているわけでも、
やる気がなくなったわけでもない。
むしろ、
氷でもなく、危険・回避でもなく、
そのどちらの緊張からも少し抜け出せている状態
なんだと思う。
氷モードの時期は、
心にも身体にも余裕がなくて、
“暇”という言葉すら出てこない。
危険・回避モードの時期は、
気持ちの揺れのほうが先に出てしまうことが多くて、
暇を感じられる落ち着きはまだない。
でもそのどちらでもない、
緊張がゆるみ始めて、
身体の中に少しスペースができたとき。
その途中で、
「なんか暇」
「何したらいいかわからない」
という言葉が出てくる。
僕は、この時期をすごく大事にしている。
やりたいことが“ない”んじゃなくて、
やりたいことを探せる余裕が戻ってきている時期
だからだ。
だから僕は、
この時期に初めて
「こんなんやってみる?」
という軽い誘いを置くことが多い。
押しつけでもなく、
期待でもなく、
子どもの内側に生まれつつある“余白”にそっと置く感じ。
乗ってきてもいいし、
乗らなくてもいい。
返事を迷ってもいい。
大事なのは、
「選べる状態に戻ってきた」
ということそのものだと思う。
この余白の時間が、
子どもが次の一歩を決めていくための
静かな入口になることがある。
子どもは、自分の力で回復していく
ここまで書いてきた
氷 → 危険・回避 → 安全
という流れは、
子どもたちが安心を取り戻していくときに
よく見られる動きのひとつだと思っている。
どの段階にいるから良い、
どの段階だから悪い、
という話ではなくて、
どれも同じ“回復の道の途中”にある。
動けないことも、
泣いたり怒ったりすることも、
暇と言いだすことも、
「やってみたい」が戻ることも、
全部つながっていて、
全部必要な反応なんだと思う。
親御さんはどうしても、
“動けない姿”に不安を感じたり、
“揺れ”に戸惑ったりすると思う。
でも子どもは、
止まっているように見えるときも、
ちゃんと内側で変化を続けている。
安心が戻ると、
子どもは自分の世界をもう一度広げようとする。
誰かに言われたからではなく、
自分の中で自然に力が湧き始める。
その流れを信じて、
焦らずにそばにいてほしい。
子どもが自分で選べるようになる力は、
外から押し込むものじゃなく、
安心の中で少しずつ育っていくものだから。
子どもたちが自分らしく生きる力を育むために、日々活動しています。
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